通に外界を客觀と看做してゐる。外界とは、我々の理解するところでは、自己以外の空間中にある世界を意味する。そしてこの外界に對立させられるものは我々の身體である。ここにいふ身體は、その中にはたらくと考へられる精神をも含めていふのである。それだからこの場合には我々の精神をも包括する身體が主觀であり、この身體を圍繞する空間的世界が客觀となる。第二に、更に身體と、これを我々に意識させる表象とを區別してみると、我々の身體もまた外界に數へられることができる。かくて自己の意識から獨立に存在すると考へられる一切のもの、即ち全體の物理的世界及びすべて他人の精神生活などは外界に含め得る。この場合外界に屬しないものと見られるのは自己の精神的自我があるばかりである。このとき自己の意識とその内容とが主觀となり、客觀とは自己の意識内容以外の、或ひは意識そのもの以外のすべてである。第三に、更に第二の場合において主觀そのものであつたところのものを主觀と客觀とに分析することができる。ここにいふ客觀とは自己の意識内容、即ち自己の表象、知覺、感情或ひは意欲等のものであり、この内容を意識するものが主觀となるのである。ところでリ
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