ルはこのやうな思想を承けて純粹意識のノエシス・ノエマ的構造を明かにしようとした。これは何をいふのであらうか。我々はすでにフッサールが現象學的還元を行ふために先づ自然的な態度を排去することを述べた。しかるに彼においてはこのやうな排去は同時に積極的なものに對する準備の意味をもつてゐる。このものは本質化作用(Ideation)である。これは本質の直觀であり、本質の直接的で具體的な把捉を意味してゐる。本質は個物の中にあつてしかもこれを超越する。事實は本質化作用によつてその本質または形相(Eidos)にまで還元され、ここにフッサールのいはゆる本質的還元或ひは形相學的還元(eidetische Reduktion)が行はれる。しかるに本質は一種の超越的なものであるから、更に現象學的或ひは先驗的還元によつて内在的なものとされねばならない純粹意識の領域はかやうな二重の還元によつて得られるものである。それはイデアの純粹内在の世界である。フッサールはプラトン以來イデアと結び附いてゐるヌース(理性的直觀)の語をとつて、純粹意識をノエシス・ノエマ的構造のものとして規定した。ブレンターノのいふやうに、意識の志向性が認められるならば、如何なる意識の作用にも必ず對象が含まれてゐる。ノエシスとノエマとはひとつの意識においてかやうな主觀的側面と客觀的側面とを構成する。如何なる意識についてもつねにこの二つの側面が見出され、この二つのものはつねに相關的な關係を保つてゐる。このやうな相關性は意識のノエシス・ノエマ的構造の第一の原則である。その第二の原則とも見らるべきものは、それと關聯して、ノエマ的側面のどのやうな低度の變化にも必ずノエシス的側面において一々これに照應する要素が認められるといふことである。
 我々はフッサールの現象學においてあの生具觀念の問題が巧妙に解決されてゐるのを見るであらう。ここに模寫説的な考へ方の本來の意圖が、模寫説に陷ることなしに顯はにされるに到つたと見ることもできるであらう。この場合次のことが注意されねばならない。第一、そこでは眞理の基準は明證(Evidenz)に求められる。デカルトが既にこの道をとつてゐる。彼は明晰にして判明なる知覺(clara et distincta perceptio)をもつて眞理の標準とした。明晰とは精神にとつて直觀的に現前するもの、判明とはそれ自身において明晰にして、且つ判然と限定されてゐるものをいふ。この意味において明晰判明であり、その明證がいかなる他のものからも導かれるのでなく、專らそれ自身において基礎附けられてゐるものが元來、彼の生具觀念と稱するものであつたのである。第二、明證をもつて眞理の基準とするのは根本的には知覺説として特色づけられることができる。しかるにここにいふ知覺はもとより感性知覺のことではない。デカルトは知覺に二つのものを、感性からの知覺(perceptio sensu)と知性による知覺(perceptio ab intellectu)とを區別した。明證を伴ふのは明かに後のものであつて、それはギリシア人がヌースといつたものにほかならぬであらう。アリストテレスはヌース即ち理性は知覺の如きものであるといつてゐる。かやうな理性的な知覺において事物の本質即ちイデアは十全に與へられ(〔ada:quat−gegeben〕)、かやうなものにして初めて明證的に措定されることができ(evident−setzbar)、そのやうなものが眞理であるのである。いはゆる合理論的な模寫説の本來の意味はここにおいて明かであらう。
 經驗論的な模寫説も一種の知覺説であることには變りはない。しかしここでは知性的な知覺でなくて感性的な知覺が問題になる。それは二つの場合において問題となつてゐる存在が異るためである。一はあの叡智的世界を、他は感性的世界を認識の對象として定立する。先に述べたやうに、ヒュームは諸印象が直觀的な確實性をもつてゐるとした。これは經驗論的な認識論の根本前提であらう。しかるにこの根本前提が既に疑はしい。なぜならそこでは純粹に内在的な立場に立つことが許されてゐないからである。それのみでなく、感性的な直觀において與へられるのはつねに個々のものであり、しかるに我々の知識はつねに普遍的な、必然的な關係の把捉を求めるのである。このものは何處から來るのであるか。感性知覺において與へられる諸内容と共におのづからまたその一切の關係が與へられると考へるならば、經驗論は感覺論(Sensualismus)となる。感覺論はあらゆる認識はただ外的な、感性的な知覺からのみ由來すると説く。それは意識における諸要素の單なる共在から認識においてこれらのものの間に存在するすべての關係をも導き出さうとする。それは諸内容の間にどのやうな關係が妥當し得ま
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