見られたことにも関聯している。自覚の事実も行為の立場において捉えられねばならぬ。自覚の内容は自己であると同時に他者であり、そして自覚は単に意識に関わるものでなく、存在に関わるものである。単なる自己反省でなく、自己への反省が同時に他者への関係付けであるというところに、自覚の本質がある。他者とは自己の存在の根拠であるものを指している。伝統的な哲学の考えた如く、現実的存在においてはその存在と存在の根拠とが区別され、自己の存在の根拠が自己の存在に超越的であるということが現実的存在の根本的規定であるとすれば、人間に固有なものといわれる自覚は、自己の存在の根拠の意識であるのでなければならぬ。単なる自己意識でなく、自己意識が同時に根拠の意識であるというところに自覚の本来の意味があり、その根拠の意識によって自己意識も成立するのである。自覚は超越によって可能になるのであって、主体的とは、単に主観的ということでなく、却って自己の存在の根拠を自覚し、これと内面的な関係を含むということである。自己意識としての個人的自覚は人格の認識根拠となるにしても、その存在根拠であることはできぬ。しかも我の存在の根拠であるも
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