環境においてある人間の生活の中から生れたものである、それは構成することによって適応する知性の産物である。それはすでに技術的な我々の経験の発展にほかならない。常識は経験のそれ自身の仕方における組織であったが、科学も同じく経験の他の仕方における組織である。常識においては経験は自然的に、無意識的に組織されるに反して、科学においては経験は意識的に、方法的に組織される。方法的に規制された経験が実験と呼ばれるものである。実験が科学の重要な方法であるということは、科学もその根柢において技術的であることを示している。科学は思惟の技術を必要とするのみでなく、更にすぐれた意味において技術的である。実験は行為的に知ることであり、その主体は操作的主体として行為的である、単に見るものでなく、働くことによって見るものである。知識の主体にしても、いわゆる主観の如きものでなく、現実の人間の存在である。知るということも、存在と存在との関係である。単なる意識に対してでなく、存在に対して初めて、存在は、その秘密を明かにするのである。経験や常識においては知識と行為が直接的に結び付いているに反して、科学の立場においてはそれが一
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