とは却って相対と絶対との統一である。世界は歴史的創造的世界として、ヘーゲルの考えた如く、先験的に論理的に構成され得るものではない。我々の認識作用も歴史的創造的であり、既にある真理をただ発見するというのでなく、あたかも機械が我々の発明に属する如く、発明的なものである。
ところで知識と行為との関係を強調するものに実用主義(プラグマティズム)がある。実用主義は経験論の発展であるが、経験を行為的なものと見るところに特色がある。かくて実用主義は真理を動的過程的に把握するのである。それは発生的な見方に立っている。主知主義者が真理を本質的に固定的なもの静的なものと考えるに反して、実用主義者は先験的な原理、閉鎖された体系、いわゆる絶対者を認めない。「真理は真と成る、もろもろの出来事によって真となされる。それの真理性は常にひとつの出来事であり、ひとつの過程である、即ちそれが自己を実証してゆく過程、それの実証・過程である」、とジェームズはいっている。我々の観念はそれが喚び起す行為や他の観念を通じて我々を経験の他の部分へ導いてゆく。この結合と移動が一点から一点へと進行し、どこまでも調和と一致が存する場合、
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