立場に立てば、その時その状況において絶対的意味をもっているのである。行為の立場においては、永遠の将来が、その将来において初めて現われる絶対的真理が問題であるのでなく、まさに現在が、この現在の問題を解決し得る知識が絶対的な問題である。行為が必要とするのは抽象的に絶対的な真理でなく、その行為的瞬間において絶対的な真理である。真に絶対的なものとは抽象的に永遠なもの、無時間的なものではない。しかし瞬間といっても、普通に考えられる時間の点の如きものでなく、むしろ永遠の原子であり、時間と永遠との統一である。既に述べたように、行為は現在から起るが、この現在は過去から現在、現在から未来と表象される時間の現在でなく、却って過去現在未来がそこに同時存在的にあると考えられる現在であり、永遠の今である。一切のものはこの現在から生じ、この現在においてある。真に歴史的なものとは単に歴史的なものでなく、歴史的であると同時に超歴史的なものである。「おのおのの時代は直接に神に属する、そしてその価値は決してそれから生れ出るものに基くのでなく、その存在そのもののうちに、それ自身の自己のうちにある」、とランケはいった。それぞ
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