にも個人心理的見方と社会心理的見方とがあり得るが、いずれも発生的に考察するのである。論理主義者は自己の批判的方法を心理主義の発生的方法から区別している。発生的な見方は自然科学的な客観的な見方である。心理的に見るということもその場合自然科学的に見るということである。しかるに同じく発生的に見てゆくにしても、歴史的に見てゆくことはそれとは違っている。真に歴史的に見ることは単に客観的に見ることではなく、却って主体的に捉えることである。歴史的考察は心理主義と同じでない。歴史的なものは単に心理的なものではないのである。しかるに論理主義者は歴史的に見てゆくことをも心理主義の如く考えて一様に非難している。カントにおいては歴史的ということと心理的ということとが同じ意味に理解されている、彼はまだ歴史の本質について深い認識に達していなかったのである。
 しかるにまさに歴史が絶対的真理のないことを我々に教えるようである。知識はそれぞれの時代に相対的である。哲学にしても時代の子である。懐疑論も、絶対論でさえも、その時代の産物であるといわれるであろう。かように、すべてのものは歴史的に制約されていると考えるのが歴史
前へ 次へ
全224ページ中150ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三木 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング