葉において命題として表わされる。かような命題の真理については、その言葉がそこに思念された観念相互の間にあるのと同じ肯定的もしくは否定的関係にあるとき、真であるということができる。しかしそれは名目的真理に過ぎず、その判断の実質的な真理性は何処にあるかと問われるであろう。この問に対しては、我々の観念と我々の心の外に存在する物とが、言葉と観念との間にあるのと同じ関係におかれ、観念の結合は、観念によって現わされた物の結合と一致しているとき、真であると答えられるであろう。ロックは観念は「物の記号或いは代表」と考えた。このいわゆる代表説は心の外に物の存在を前提する模写説の一変形である。しかしながら、もしも観念が心に直接に現われる唯一の対象であるとしたならば、いかにして我々は我々の観念とその原物とを比較し、かくして我々の観念と物の実際との一致を確かめ得るであろうか。「心は知覚以外の何物をも自己に現前するものとして有せず、そして恐らくはそれと物との結び付きの何等の経験にも達し得ない」、とヒュームはいっている。実際、もしも物があるということが経験されることであり、経験されるということが意識に与えられるこ
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