何等か記号的な或いは象徴的な意味をもっているのでなければならぬ。数学の如きも物理学にとっての言葉と見られ得るであろう。思惟と言葉とは不可分のものであって、言葉に表現されない知識は知識でないということもできる。認識もまた人間の形成作用、表現作用のひとつである。知識を象徴的なものと見ることは、知識を主観的なものにしてしまうことではない、単に主観的なものは象徴的とはいわれない。象徴とは主観的なものと客観的なものとの統一であり、知識も主体と客体との関係から成立するものとしてかような性質のものであると考えられるのである。もちろん、知識が象徴的であるというのは、芸術が象徴的であるというのと同じではない。しかし一方知識においても、自然科学から歴史科学、更に哲学に至るに従って一層象徴的なものになるといい得ると共に、他方芸術においても、フィードレルの考えたようにその目的は美であるよりも真理であるともいい得るのである。象徴的なものは表現的なものである。真理と言葉(ロゴス)とが同じに考えられたように、真理とは表現的なものである。表現的なものは単に主観的なものでなく、却って超越的意味を含むものである。かように表現的なものとして真理は我々に呼び掛けるのである。知識は言葉において表現されることによって主体から離れた独立なもの、公共的なものとなり、知識も文化に属している。知識は単に我のものでも単に汝のものでもなく、公共的なものとして、客観的なものでなければならぬ。
 真理は対象と観念との一致であると考えるのは古い伝統である。これは模写説の主張であるのみでなく、カントの如きもこれを認めている。彼にとっての問題は、いかにしてそのような一致に達し得るかということであった。その場合、模写説においては、我々の認識は対象に従わねばならぬと考えられる。しかるにカントに依ると、我々の認識が対象に従うのでなく、逆に、対象が我々の認識に従うことによって、その一致は可能になるのである。これがカントのコペルニクス的転※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]と称せられるものであって、あたかもコペルニクスによって天動説が地動説に転換されたように、それまで客観を中心としていた認識論が主観を中心とすることになったのである。模写説が客観主義であるに反して、カント主義は主観主義である。しかしそこにはまた真理概念の転換がいわば隠されて横たわっていることを指摘することができるであろう。模写説においては、真理は第一次的には存在に属し、知識の真理はこれに関係付けられることによって第二次的に真理であると考えるのが普通であり、そうすればそこに認められる原型的と模像的との関係を模写の関係と考えることもあながち不当とはいわれないであろう。しかるにカント主義においては、真埋はひとえに知識の真理と見られているのである。
 カントのコペルニクス的転※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]の意味は誤解されてはならない。それは、真理は物と観念との一致であるという真理概念を破棄しようとするのでなく、却ってその一致はいかにして可能であるかを明かにしようとするのである。その一致は、我々の認識が対象に従わねばならぬとするときには保証されず、逆に、対象が我々の認識に従わねばならぬとするときに保証されると主張するのである。そしてカント自身がいっているところでは、この考え方は近代科学の方法に相応するものである。近代科学の最も重要な方法は実験である。学問の方法として古代においてソクラテスが概念を発見したのに対して、近世においてリオナルド・ダ・ヴィンチは実験を発見した。実験は単なる経験と異っている。経験は我々が対象から触れられることとして受動的なもの、模写的なものと見られるに反して、実験においては我々は能動的であり、構成的である。実験において自然科学者はあらかじめ一定の観念をもって臨み、自然を強要して彼の問に答えさせる。実験において経験は単に与えられたものでなく、実験者の観念によって構成されたものであり、経験は実験者の観念に従うのである。経験を構成することによって経験するというのが実験である。かような事情に相応して、カントは、主観は対象を構成することによって対象を認識すると考えたのである。我々はこれを模写説に対して構成説と呼ぶことができるであろう。
 カントに依ると、知識は感覚に与えられたもののうちに統一がもたらされるところに成立する。感覚に与えられたものは多様なものであり、知識の内容をなすものである。しかし内容だけでは統一がなく、知識とはならぬ。知識が成立するためには、内容に形式が加わらねばならず、知識はすべて内容と形式とから成っている。感覚は物そのものに触発されて生ずるものであり、物そのものに制約されている。これに反して内容を
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