はひとつの抽象物に過ぎず、現実の我、現実の主観ではないといわれるであろう。そこで意識一般は当為であるとか規範であるとかと答えられる。けれども主観という以上、それは働くものでなければならぬ、働くものは現実的なものでなければならぬ。現実の人間は超越的なものとして、内において自己が自己を超えるということがあり、超個人的といわれるような意味をもつことができる。主体の超越において認識主観としての意識一般も考えられるのである。かようにして根源的には主体の超越によって初めて存在はそのものとして顕わになるとすれば、真理は本来知識の真理を意味するということもできるであろう。
 物を知るためには我々は誠実でなければならず、さもないと真理は知られない。誠実とは己れを空しくすることであり、それによって存在はそのものとして我々にとって顕わになる。己れを空しくするとは内において自己が自己を超えることであり、それによって自己は却って真の自己となる。誠実或いは真実は物のまことに対して人間のまことのことである。人間のまことは物のまことを知るための条件である。しかるに人間のまことは、まこととして、それ自身において積極的にひとつの真理概念を現わしている。それは主体が自己を隠すことなく顕わであることであって、客観的真理に対する主体的真理を意味している。客観的存在の真理があるのみでなく、主体的存在の真理がある。主体は単に客観的に知られ得るものでなく、主体的自覚によって知られるのであるが、その真理は客観的真理とは区別されねばならぬであろう。真理を単に客観性と同じに考えることは正しくない。客観的真理と主体的真理とは、その対象においても、その認識の仕方においても、異っている。ハイデッゲルの語を借りて、前者を存在的真理、後者を存在論的真理と称することもできるであろう。自覚は超越によって可能になるのであるから、主体的真理も超越を根拠としている。純粋に内在的な真理というものはなく、外に一致すべきもののない知識も内において超越的なものとの関係を含むのでなければならぬ。対象的認識でなく場所的自覚である哲学の真理はそこから考えられるのである。客観的真理が世界についての[#「ついての」に傍点]真理の問題であるに反して、主体的真理は世界における[#「おける」に傍点]真理の問題である。
 真理は超越的なものであるといっても、ただ客観的にあるものではない。我々から単に独立であって我々に決して関係付けられることのないものは、存在といわれるのみで、真理とはいわれないであろう。真理はもと存在に属すると考えられるとしても、この存在が我々の主観に関係してくるところに真理といわれる意味がある。真理は単に自体における存在でなく、自体における存在が我々にとっての存在となるところに真理の意味があるのである。主体の作用によって存在はそのものとして顕わになるのであって、主体の超越はその根柢的な条件である。そこで真理とは本来知識の真理をいい、存在の真理は知識の真理に従って比論的に名付けられるに過ぎないと考えることができる。知識は主体と客体との関係のうちにあって、その関係から真理は真理になるともいわれるであろう。存在における真理というものはいわば即自態における真理に過ぎず、それが知識における真理となることによって対自態における真理となり、その知識に従って主体が行為することによって真理は再び存在における真理となり、即自対自態における真理となる。世界についての真理は主体を通じて世界における真理となり、それによって現実的に真理となる。真理は究極は世界における真理の問題として主体に関係しており、真理が何よりも知識の真理を意味すると考えられるのも、根源的にはそれに基いている。真理は働くもの、人間を変化し、存在を変化するものでなければならぬ。「生産的なもの、それのみが真理である」、とゲーテはいった。客観的真理は主体的真理に関係付けられることによって、その根拠もその意味も明かにされる。人間のまことによって物のまことは顕わになり、物のまことに従って働くことが人間のまことである。真理は単に知識の問題でなく、同時に倫理の問題である。真理は我々を喚《よ》び起すものとして表現的なものでなければならぬ。やがて我々が知識は主観的・客観的に形成されるものであるといおうとするのも、根本においてはそのためである。

      二 模写と構成

 知識は主体と客体との関係において成立するが、そのいかなる関係において成立するであろうか。普通の考え方はすでに触れた模写説である。模写説は人間の自然的な世界観に一致し、そこに強味をもっている。それは、我々の心がその外にある存在を模写することが認識であり、真理は物と観念との一致であると考える。模写説は心の外に物が
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