絶対的一般者ともいうべき世界が考えられねばならぬ。世界は世界においてある。世界がそれにおいてある世界は絶対に主体的なものであり、一切のものはこの世界から作られ、この世界の表現である。主体的ないし主観的ということを直ちに人間或いは意識と結び付けて考えてはならない。それはすべて形成作用のあるところに認められる関係であって、形成作用は表現作用であり、表現はつねに内と外との、主観的なものと客観的なものとの統一という意味をもっている。一切のものは世界の主観的・客観的自己限定或いは特殊的・一般的自己限定として生じ、世界においてある。世界が世界においてあるという場合、その世界即ち無数に多くのものの総体としての世界と絶対的場所としての世界とは客体と主体というようにどこまでも対立すると共にまたどこまでも一つのものである。相対と抽象的に対立する絶対は真の絶対でなく、真の絶対は却って相対と絶対との統一である。かくて世界は多にして一、一にして多という構造をもっている。人間は世界から作られ、作られたものでありながら独立なものとして、逆に世界を作ってゆく。作られて作るものというのが人間の根本的規定である。

      三 本能と知性

 人間は環境に適応することによって生きている。適応とは対立するものの間における均衡の関係を意味している。その適応の最も単純な仕方は本能である。動物は本能に生きるといわれるが、人間も多くの場合本能によって環境に適応しているのである。本能は身体的なものであり、身体の構造と結び付いている。同じ種の昆虫においても、幼虫、蛹、蛾と、身体の形が変るに従って、その本能も変るのがつねである。かように本能は身体の構造或いは形と結び付いているが、身体の構造は、近代の進化論が説く如く、生活する主体の環境に対する適応の結果として作られたものである。生物の形はただ偶然に出来たものでなく、その棲息する環境との関係から限定されたものである。水中に棲む魚は鰭を、空中に棲む鳥は翅をもっている。それらの形はそれらの生物の本能を表現すると共に、生活する環境を表現している。人間の身体の構造も同じように考えることができる。適応といっても単に受動的なものでない、ただ消極的に環境に適応してゆく場合、生命は萎縮してしまうのほかない。人間の環境に対する適応は作業的に、行為的に行われるのであって、身体の諸部分はそのための道具の性質をもっている。それらは器官と呼ばれ、器官とは道具のことである。身体は客観的なものであると共に単なる物体とは異る主体的なものであり、主観的・客観的なものとして道具と考えられるのである。
 かようにして身体の構造はすでに技術的な意味をもっている。それはひとつの技術的な形である。生物の形は技術的な形であり、自然も技術的であるということができる。技術の本質は主観的なものと客観的なものとを媒介して統一するところにある。この統一は形において現われる。技術にはつねに道具があるが、道具は主観的・客観的なものとしてそれ自身また技術的に形作られたものである。技術において、客観的なものは主観化されると共に主観的なものは客観化される。人間は環境に働きかけてこれを変化し、客観的なものは人間化或いは主観化され、同時に人間の主観的な欲望ないし目的は環境化或いは客観化されるが、その媒介となるものが技術である。主体が環境から規定されながらそれに解消されることなく主体として自己を維持し得るのは技術によってである。技術的であることによって主体は客観を我が物として真に主体となるのである。主観的なものと客観的なものとの技術的な形における統一は先ず身体の構造において現われる。それは自己の保存とか種の保存とかという主観的な欲求と客観的なもの環境的なものとの統一を示している。本能は環境に対する適応の仕方の一つであり、身体の構造に結び付き、従って本能にしても決して単に盲目的なものでなく、むしろ本能は「自然のイデー」である。
 しかしながら本能による適応には限界がある。動物は環境と有機的に融合的に生きるといわれるように、本能的な適応は、それが存在する限り、完全である。本能による適応は直接的である。しかるにそのために、環境に重大な変化が生じた場合、それはこれに対して十分に適応することができぬ。本能は環境を広く、遠く、自由に見ることができない。本能もすでに技術的であるといっても、それは身体の器官に制約され、身体は無限の形をとり得ず、一旦出来上って固定した形は我々の活動に対して桎梏にさえなるのである。また身体の器官は道具と見られ得るにしても、身体は我々の自己であって、この道具は主体から離れた独立なものではない。従って本能による適応は直接的であるが、主体と道具とは一つである故に、主体は道具に束縛され、人間
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