主観主義の哲学から入って、ラスクの研究によって次第に客観主義に傾きつつあった時分の私には、非常に新鮮で面白く感じられたが、ハイデッゲルの影響を強く受けるようになってから、ハルトマン教授の立場にはあまり興味が持てなくなった。マールブルクでは私はほとんど純粋にハイデッゲル教授の影響を受け容れたといってよいであろう。しかしその後ハルトマンの『倫理学』が出た時、私はこれを読んで再び教授の思想に対する興味を取り戻すことができた。
マールブルクにいる間、そしてその後もときどき文通によって、私の読書を指導してくれたのはレーヴィット氏であった。私は氏によって単に哲学のみでなく、広くドイツ精神史の中に導き入れられた。ディルタイとか、さらにさかのぼってシュレーゲルやフンボルトなどに対して私の眼を開いてくれたのはレーヴィット氏であった。特に氏によって私は当時の多くのドイツの青年をとらえていたあの不安の哲学とか不安の文学の中へ連れて行かれた。私もニーチェやキェルケゴールなどを愛読するようになり、ことにドストイェフスキーの小説を耽読した。その頃のドイツは全く精神的不安の時期であった。ヘルデルリンが流行するかと
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