た。守屋氏や鈴木氏は『聖なるもの』の著者として世界的に有名になったオットー教授を中心としていられたようであり、四宮氏や長屋君はハルトマン教授を目的としていられたようであり、私自身はハイデッゲル教授を目標としていた。というのは、ちょうど私がマールブルクへ行った学期に、ハイデッゲル教授はフライブルクからマールブルクへ招聘されたので、私は主として氏に就いて学ぶためにハイデルベルクから転学したのであった。教育学の研究を目的としていた山下君はナトルプ教授やイェンシュ教授に就いていた。私はナトルプの著書は京都にいた頃いくつか読んで敬意を払っていたが、その講義には山下君に誘われて二、三度出てみたきりであった。その時の講義はやがて『実践哲学講義』として出版されたものと同じ内容であったように記憶する。ナトルプ教授の蔵書が成城高等学校に所蔵されるようになったのは山下君の斡旋によるものである。私が大切にしているデカルトの肖像も、もとナトルプ教授に属していたもので、ある関係から私の手に渡ったものである。
 マールブルクに落着くと、私はすぐハイデッゲル教授を訪ねた。その時のことについては、かつて「ハイデッゲル教
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