る。このヒューマニズムというものの意味は広く、種々の形をとって現われた。そして私はそのすべてから多かれ少なかれ影響を受けた。
 それは先ず教養という観念を作り出した。その方向において私は高等学校のとき阿部次郎氏の著書から影響されたが、大学時代になると、波多野先生や深田先生の講義、特にその談話とその人格から大きな感化を受けた。両先生のお宅へはしばしば伺ったが、いつも親しくくつろいでいろいろ話していただくことができたのは私の学生生活における楽しい思い出である。
 次にこのヒューマニズムは一層宗教的な形をとって現われた。西田天香氏の一灯園の運動とか倉田百三氏の文学がそれである。私もその影響を受けたが、私にとってはその影響は一時的であった。
 第三の方向は白樺派で、武者小路実篤氏の新しい村の運動がある。私の友人でやはり京都の哲学科に来ていた一高出身の谷川徹三、日高第四郎、学習院出身で美学を専攻していた園池公功らは白樺派の人々に接近していたので、私も誘われて、新しい村の講演会を聴きに行ったこともある。武者小路氏の文学は以前から好きで読んでいた。有島武郎氏がホイットマンをしきりに言われていたのもそ
前へ 次へ
全74ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三木 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング