から出て自己へ還ってくる運動である。それは教の歴史的な自己運動ともいうべく、この点においてヘーゲルにおける概念の発展と類似している。しかもこの運動はつねに[#「つねに」に傍点]その根柢において弥陀の本願という絶対的なものに接しているのである。
第三に、しかしながら教のこの展開はヘーゲルにおける概念の自己運動とも本質的に異なっている。なぜなら教の展開は親鸞において同時に祖師たちの伝統の継承の問題であった。彼にとってそれは単に法の問題でなくて人の問題であった。浄土教史観は七祖史観[#「七祖史観」に傍点]とも呼ぶことができるであろう。浄土真宗では、竜樹、天親、曇鸞、道綽、善導、源信、源空の七祖を正依の祖師とし、さらに菩提流支、懐感禅師、法照禅師、少康禅師の四師を傍依の祖師としている。菩提流支は『高僧和讃』曇鸞章に、懐感は同じく源信章に、法照、少康の二人は同じく善導章に出ている。これら四師を摂して、浄土教史観は七祖史観と名づけることができる。そこでは単に教法が問題でなく人間が問題であった。それは単なる哲学ではなく宗教であるからである。人は、ヘーゲルの歴史哲学においてのごとく、理念の展開の道具に過ぎぬのではない。人において法が見られると同時に法において人が見られるのである。なぜならこの法は人間の実存にかかわり、各人の救済が問題であるからである。右に引いた歎異鈔の文がこれを明らかにしている。法と人とは二つであって二つではない。親鸞にとって伝統は単に客観的なものでなく、これを深く自己のうちに体験し証すべきものであった。相承は己証と結びついて区別することができぬ。これによって彼はおのずから伝統のうちに新しいものを作り出し、みずから一宗の祖として新しい出発点となったのである。
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もとよりこの伝統の中心をなすものは弥陀である。しかもこの弥陀の本願の教えをこの世に示したのは釈迦であり、そこに釈迦出世の歴史的意義がある。釈迦なしには伝統はなく、弥陀なしには伝統はない。したがって本典および略書の両偈がまず弥陀および釈迦について述べ、ついで七高僧について述べているのは当然である。ここに人と法とは二つでない。
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○七祖出現の使命は要するに
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「インド西天の論家、中夏、日域の高僧、大聖興世の正意をあらはし、如来の本誓、機に応ぜ
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