、それを検査するためにすべての感覚、記憶及び悟性を召喚した後に、そのうちのいずれによってもその他のものと矛盾するいかなることも私に知らされないならば、わずかなりとも疑うことを要しないのである。なぜなら、神は欺くものではないということから、かかるものにおいて私は過たないということが一般に帰結するからである。しかしながら行動の必要はつねにかように厳密な検査の余裕を与えないゆえに、人間の生活は特殊的なものに関してしばしば誤謬に陥り易いことを告白しなければならず、そして我々の本性の弱さを承認しなければならないのである。
[#改丁]

   幾何学的な仕方で配列された、
     神の存在及び霊魂と肉体との区別を証明する諸根拠


       定義

 一 思惟[#「思惟」に傍点](cogitatio)という語によって私は、我々がそれを直接に意識しているというふうに我々のうちにあらゆるものを包括する。かくして意志、悟性、想像力、及び感覚のすべての働きは、思惟である。しかし私は、思惟から帰結されてくるものを除外せんがために、直接に[#「直接に」に傍点](immediate)という語を附け加えた。
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