とき、もしくは籠の重みが意識されずにはおられないほどに達したとき、もしくは何かの機会が彼らを思い立たせずにはおかなかったとき、彼らは自分の籠の中を顧みて集めた貝の一々を気遣わしげに検べ始める。検べて行くに従って彼らは、彼らがかつて美しいものと思って拾い上げたものが醜いものであり、輝いて感ぜられたものが光沢のないものであり、もしくは貝と思ったものがただの石であることを発見して、一つとして取るに足るもののないのに絶望する。しかしもうそのときには彼らの傍に横たわり拡っていた海が、破壊的な大波をもって襲い寄せて彼らをひとたまりもなく深い闇の中に浚[#「浚」は底本では、へんが「にすい」になっている]って行くときは来ておるのである。ただ永遠なるものと一時的なるものとを確に区別する秀れた魂を持っている人のみは、一瞬の時をもってしても永遠の光輝ある貝を見出して拾い上げることができて、彼自ら永遠の世界にまで高められることができるのである。私たちはこの広い砂浜を社会と呼び、小さい籠を寿命と呼び、大きな海を運命と呼び、強い波を死と呼び慣わしておる。かようにして私たちには多くの経験よりも深い体験がさらにいっそ
前へ
次へ
全114ページ中85ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三木 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング