の型に相応して、私は哲学を現実的、浪曼的、古典的の三種類に分ち、それの特性をめいめい現実的、超越的、フマニスティッシュ humanistisch として考えることができるように思う。けれどこれらの形式的な分類や区別について立入った論議を試みることは、私の最初の目的でもなくまた私の現在の心の状態にも適しからぬことである。

     七

 私の哲学的生活の発展についてはすでに語った。私はいま私の芸術的生活の変遷に関して前と同様に短い思い出を書いてみたい。そのことがこの一篇の統一と調和とを破壊しはしないだろうか、これまでにおいてでさえ、あまりに多かった全体の発展を妨害しそうな挿入が実際それを妨害するまで増されはしないだろうか、という懸念が一度私を躊躇させた。しかしながら体系を求めるために私はこの一篇を始めたのではない。私の仕事の目的は私が何であり何でなくそして何でありたいか、もしくは私が何をもち何をもたずそして何をもちたいかを正直に考えてみることにある、私は連絡のある記述よりも、私のいまなしつつある仕事が私の生活を全く新しくしてくれることを望んでいる、これらの思想が再び私を大胆にした。そればかりでなく私が私の心の奥底で考えたり感じたりしたことのほか一切を書かないという正直をさえ失わないならば、そのことがたとえ外形上の統一を破壊するにしても決して精神上の統一を破壊することはないだろう。
 私の芸術的生活は無論私の哲学的生活よりずっと以前に始った。確か高等小学の一年、今の制度にすれば尋常科五年のことだったと覚えている。自分ではひとかどの俳人のつもりでいた私のクラスの担任の先生が、作文の時間に俳句の作法を例をあげたりして説明して後、生徒に句作をさせて出させたことがあった。そのとき私が書いて出した句が中で俳句らしいものになっていたと見えて、次の時間にそれを黒板に写したりなんかして、私に「あなたには確かに才能がある。これから後しっかり勉強し給え。高浜虚子という俳人がいるが、その人の名は清[#「清」に傍点]といってあなたと同じだから、あなたも同じ筆法で『怯詩』と俳号をつけてはどうか」などといった。その先生は俳号さえもてばそれでもう立派な俳人のように心得る種類の人であった。そしてその頃私は少年世界[#「少年世界」に傍点]や日本少年[#「日本少年」に傍点]の投書欄の愛読者だった。私が先生からいただいた結構な俳号の「怯詩」は、私の友だちが私を呼びかけるときの綽名としてとどまって、私はかつて自らこの号を用いたことがない。その後中学の二年の頃私は友人に頼んで「柳蔭」という号をつけて貰ったが、それも私は用いることをあまり好まなかった。私自身が本当に文学に対して要求を感じ、そして時には自分で文学者になってみたいと考えるようになったのは、やはり同じ中学二年の時国語のT先生が副科に蘆花の『自然と人生』を読んでくださった時に始るといっていい。それと同時に私の乱読時代が始った。次第に深く目覚めつつある性的に伴う憂愁の悩しい活動がそれと結合した。T先生に親しんでいた友人があるとき、私にこういった、「T先生は君をたいへん有望なものに思っている。君はきっと立派な文士になれるといつも私たちに語っている。」自分の中に動く深い憂愁がある方向を求めようとするもののように、いたずらな活動に自らを苦しめているような状態にあった私は、その言葉に動かされずにはいられなかった。それに耽読《たんどく》していた雑誌や新刊書が虚栄心を唆《そその》かさずにはいなかった。私は創作家になろうと決心した。しかしながら統一のない衝動的な運動に限りなく駆ろうとしている盲目的な意志と、私の心の表面に明るく動く小賢《こざかし》い智恵とが、その時分私が創作を試みることを妨げていた。功名心の焔が輝いて私の性格の奥に宿っている闇の海への沈潜を征服してしまった頃、T先生は私の中wを去って鹿児島へ移られた。私の虚栄心が自分自身を試みることを欲していた。私は鹿児島へ手紙を書いて、私がはたして文学者となる資格があるか否かを訊《き》いてやった。いまから思い廻らしてみれば、私はその手紙で私の大きな功名心が満足されることが確実であるかどうかを尋ねているにほかならなかった。T先生からさっそく返事が来て、私はこれまで大抵の場合には君と同様な問に対して「お止めなさい」といった、しかし君の場合に限って私は「おやりなさい」とお勧めする。君の才能と君の家の資産とが君を文学者にするに十分であると私は信ずるから、と書いてあった。
 私の創作時代が始った。私は私の周囲にいくつかの廻覧雑誌を次から次へともって行った。文学好きの仲間が作っていた「サブライナ」の後を承《う》けて私が中心となった「海妖《アヤカシ》」が最初に生れた。四年級の者でこしらえた
前へ 次へ
全29ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三木 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング