Xはこの問題に肯定的に答へて、かの 〔das Da:monische〕 の概念が恰《あたか》もかかるものに相応することを示さうと思ふ。デモーニッシュなものとは一般的に云つて歴史における自然的なものを意味した。ゲーテがこの概念について述べたのは、彼の自然哲学上の諸著作においてではなく、却てつねに歴史に関係してであつた。この語は所々に現はれてゐるが、特に詳細に説明されてゐるのはゲーテの自伝なる『詩と真実』の中においてである。
『詩と真実』の第二十章に記すところによれば、デモーニッシュなものはただ矛盾においてのみ運動し、顕現され、従つて何等の概念、如何なる言葉のもとにも捉へられ得ぬものである。曰く、「それは神的でなかつた、なぜならそれは非理性的に見えたから。それは人間的でなかつた。なぜならそれは悟性をもたなかつたから。それは悪魔的でなかつた、なぜならそれは慈悲的であつたから。それは天使の如きものでなかつた、なぜならそれは往々他の不幸を愉快がるのが見えたから。それは偶然に似てゐた、なぜならそれは何等の帰結も示さなかつたから。それは摂理に似通つてゐた。なぜならそれは連関を示唆したから。我々を制限すると見えた凡《すべ》てのものもそれにとつては貫き通し得るものであつた。それは我々の存在の必然的な諸要素を気儘《きまま》に処理するやうに見えた。それは時間を収縮し、時間を延長した。ただ不可能なもののうちにあつてのみそれは得意であり、可能なものを軽蔑して斥《しりぞ》けるやうに見えた。」かかるデモーニッシュなものは「主として人間と最も不思議な関係をもち、そして道徳的世界秩序と相対立せぬまでも、それと相交叉する力を形作つてをり、かくて一を経とし、他を緯と見做すこともできやう。」即ちゲーテによれば、デモーニッシュなものはイデー的なものではなく、寧ろ自然的なものであり、偶然的なものでありながらなほ且つ必然的なものである。また彼はそれを或る全体的なものと考へ、建築の効果の説明に際して、「全体の効果はつねに我々がそれに服するデモーニッシュなものである。」とも云つてゐる。更に彼はデモーニッシュなものはあらゆるライデンシャフトに伴ふのがつねであると述べた。それはもちろん或る否定的なものの意味を離れないけれども、決して単に破壊的に否定的なのでなく、却て「全く積極的な活動力のうちに現はれる」ものである。従つてメフィストフェレスはデモーニッシュではない。ところでこれらの規定はそれをもつて我々が本来の運命的なものを最もよく規定し得るものではなからうか。ゲーテによれば、デモーニッシュなものは先づ個人に結び付いて現はれる。然し凡ての個性的なもの、特性的なものがデモーニッシュなのではなく、寧ろそれは歴史的に重要なものにおいて出会はれるのがつねである。それは「好んで重要な個人に、殊に彼等が高い地位を有する場合、結び付く。」「人間がより高く立つてをればをるほど、それだけ益々多く彼はデモンの影響のもとに立つてゐる。」ゲーテは個々の人間について、例へばフリードリヒ大王、ペテロ大帝、ナポレオン、カール・アウグスト、バイロン、ミラボオなどをデモーニッシュと呼んだ。デモーニッシュなものはこのやうに特にいはゆる世界史的個人において顕現する。然しそれは単に個々の人間においてのみでなく、出来事においても経験される。ゲーテは彼とシラーとの際会をかかるものと考へた。「かやうにして私のシラーとの知り合ひには全く或るデモーニッシュなものが支配してゐた。我々はもつと早くも、もつと晩《おそ》くも際会することができた。然るにそれが丁度、私がイタリア旅行を終へそしてシラーが哲学的思弁に倦き始めた時代であつたといふことは、重要なことであり、二人にとつて最も大きな効果のあることであつた。」そればかりでなく、デモーニッシュなものは更に社会的なものとしても経験されるのである。即ちゲーテはかの自由戦争について、「一般的な窮迫と一般的な侮辱の感情とが或るデモーニッシュなものとして国民を捉へた。」と云つてゐる。我々のいふ「事実」としての自然的なものは単に個人的なものでなく、また社会的なものである。そして我々はそれが個人的としては「ライデンシャフト」に、社会的としては「パトス」に伴ふといふ風に区別することもできやう。
 このやうにしてデモーニッシュなものは特に歴史と関係をもつてゐる。それは自然的なものであると云つても、それなくしては歴史の概念も現実的に構成され得ないやうな歴史における自然的なもの、即ち運命的なものを意味した。またそれは自然的なものであると云つても、外的世界に属せずして、却て内的自然として捉へられた。外的世界も我々にとつて或る意味では運命的なものであり、ゲーテもそのやうに考へた。然しそれはダイモーンと云はれずして、
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