た。
 シモン博士はもう耐《た》まりかねて飛上った。「私はそんな莫迦らしい議論をしておる暇はない」と腹立たしげに彼は叫んだ。もしあなたが塀の内かまたは外に居った人間のことが分らんようなら、私はもうこれ以上あなたを煩わす必要がないッ」
「博士」と坊さんは落ちついて云った。「わしらはお互にいつも大変に愉快にお交際もしとるんじゃからな。お馴染甲斐に一つ機嫌を直して、五番目の疑問をお話しして下さらんか」
 短気なシモンは扉《ドア》の近くの椅子に腰を埋めてぶっきら棒に云った。「頸と肩口とが妙な風に斬りつけられてあった。それは殺して後にやったらしいんです」
「左様」と身動きせずに坊さんは云った、「それはあなたがたが臆断したある単純なつくり事を確実に思わせるようにやった事ですて、あの首があの胴体に属した首だと思わせようとてやった仕事でな」
 師父ブラウンは遂に体を転じた、それから、窓を背にしてよりかかったので濃いかげが彼の顔に表われた。がそのかげの中にも、それが灰のように蒼白いことがよくわかった。それにもかかわらず、彼は全く上手に話《はなし》した。
「皆さん、皆さんはあの庭で、見も知らぬベッケルの死
前へ 次へ
全42ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング