った、それから突然小供らしい笑い声がその緊張を破った。ブラウンの説が莫迦々々しいので、イワンがけなし始めた。
「フン! じゃ昨晩私等が大きな死体を長椅子の上に引きずらなかったですかい? あやつは庭へ忍び込まなかったのですかい?」
「庭へかな?」とブラウンは考えこんでくりかえした、「いや、全部ははいらんかな」
「冗談じゃない、庭へはいらん者がここは居る訳がない」と博士が叫んだ。
「必ずしもそうではない」ブラウンは薄笑いをして云った、「博士、さて次の疑問は何でしたかなア?」
「あなたはどこかお悪いようですね」シモン博士は鋭く叫んだ、「だが御のぞみとあれば、つぎの疑問をお訊きしましょう。ブレインはどんな風にして庭から出て行ったのですか?」
「いやブレインは庭から出て行《ゆ》きはせん」坊さんはなお窓の外を眺めながら云った。
「庭から出て行《ゆ》かん?」と博士は爆発した。
「そっくり出て行《ゆ》き居ったわけではないて」と師父ブラウンは云った。
シモンはたまりかねて拳を振りまわした、「庭から出て行《ゆ》かんものが、ここに居らん訳がない」と彼は叫んだ。
「必ずしもそうではない」と師父ブラウンが云った。
シモン博士はもう耐《た》まりかねて飛上った。「私はそんな莫迦らしい議論をしておる暇はない」と腹立たしげに彼は叫んだ。もしあなたが塀の内かまたは外に居った人間のことが分らんようなら、私はもうこれ以上あなたを煩わす必要がないッ」
「博士」と坊さんは落ちついて云った。「わしらはお互にいつも大変に愉快にお交際もしとるんじゃからな。お馴染甲斐に一つ機嫌を直して、五番目の疑問をお話しして下さらんか」
短気なシモンは扉《ドア》の近くの椅子に腰を埋めてぶっきら棒に云った。「頸と肩口とが妙な風に斬りつけられてあった。それは殺して後にやったらしいんです」
「左様」と身動きせずに坊さんは云った、「それはあなたがたが臆断したある単純なつくり事を確実に思わせるようにやった事ですて、あの首があの胴体に属した首だと思わせようとてやった仕事でな」
師父ブラウンは遂に体を転じた、それから、窓を背にしてよりかかったので濃いかげが彼の顔に表われた。がそのかげの中にも、それが灰のように蒼白いことがよくわかった。それにもかかわらず、彼は全く上手に話《はなし》した。
「皆さん、皆さんはあの庭で、見も知らぬベッケルの死
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