、七瀬の顔を、じっと眺めた。
「五臓の疲れじゃ。埓《らち》もない」
八郎太は呟いた。
「何うした事が?」
「幻のような人影が、和子様へ飛びかかろうとして、それが現れると、和子様はお泣き立てになりましたが、それが、どうも、牧様に――ただ齢が、五つ、六つもふけて見えましたが――」
益満は、うなずいた。小太郎は、益満の眼を凝視していた。その小太郎の眼へ、益満は
(そうだろうがな)
と、語った。
「聞き及びますと――」
益満は、膝の上に両手を張って、肩を怒らせながら、八郎太から七瀬を見廻して
「当家秘伝の調伏法にて、人命を縮める節は、その行者、修法者は一人につき、二年ずつ己の命をちぢめると、聞いております。その幻が、牧仲太郎殿に似て、四十ぐらいとあれば――牧殿は――」
益満が指を繰った。八郎太が
「牧殿は、七八であろう」
益満は、腕を組んで俯向いていたが
「牧殿は、お由羅風情の女に、動かされる仁ではござるまい――小父上」
「うむ」
「さすれば――」
そういって、益満は、黙ってしまった。一座の人も俯向いたり、膝を見たりして、黙っていた。
「斉興公が」
小太郎が、当主の名を口へ出す
前へ
次へ
全1039ページ中67ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング