するのでない」
八郎太は、これだけいうと、又庭の方へじっと眼をやった。小太郎には、父の苦しさ、悲しさが、十分にわかっていた。そして、母の苦しさ、悲しさもわかっていた。
(益満のいった手段を――)
と、思った時、玄関で
「お母様」
と、姉娘綱手の声――すぐ、つづいて妹深雪の、笑い声がした。八郎太は、眉一つ動かさなかった。小太郎は、すぐ起るにちがいのない、夫婦、母子の生別《いきわかれ》の場面を想像して、心臓を、しめつけられるように痛ませた。
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小手を、かざして
御陣原見れば
武蔵|鐙《あぶみ》に、白手綱
鳥毛の御槍に、黒|纏《まとい》
指物、素槍で、春霞
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益満の家から、益満の声で、益満の三味線で、朗らかな唄が聞えて来た。
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お馬揃えに、花吹雪
桜にとめたか、繋ぎ馬
別れまいとの、印かや
ええ、それ
流れ螺《がい》には、押太鼓
陣鐘たたいて、鬨《とき》の声
さっても、殿御の武者振は
黄金の鍬形、白銀小実《しろこざね》――
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八郎太も、小太郎も、黙って、その唄を聞いていた。何をいっていいか、
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