なっていたし、七瀬の髪は乱れて、眼が血走っていた。斉彬は、寛之助の枕頭へ坐って、じっと、病児の顔を眺めた。
寛之助は、眼に見えぬ敵と、何《ど》んなに戦ったのだろう? 三日見ない間に、頬の艶がなくなって、痩せてしまっていた。罪の無い、無邪気な幼児が、たった一人で、乳母の力も、医者の力も、およばないところで、泣きながら、苦しめられながら、怯えながら、死と悪闘している姿を想像すると、斉彬は
「若」
と、叫んで、涙ぐんだ。血管が青く透いて見える手、せわしく呼吸に喘いでいる落ちくぼんだ胸、愛と、聡明とで黒曜石の如く輝いていた眼は、死に濁されて、どんよりと、細く白眼を見開いているだけであった。
「回復の望みは――」
「はっ」
と、いって、三人の医者は、頭を下げたままで、何んとも答えなかった。見ない前の心強さが、寛之助のいじらしい姿に、打ちくだかれて、斉彬は、幾度自分の名を呼び、自分を見たく思ったかと思うと、熱い悲しみの球のようなものが、胸から、頭の中までこみ上げて来た。
「痩せたのう」
と、いって、斉彬は、意識のない寛之助の、手を握った。掌へ感じたのは、熱と骨とだけであった。英姫は、それ
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