ながら、お由羅の両手を、胸のところへ集めて、抱きかかえながら
「お方」
背を押して、叫んだ。お由羅は、眼を開けて、自分で手首を押えて、軽く、お辞儀をした。侍は、布を出して、膏薬を貼った上から、縛った。お由羅は、しびれた、痛む胸を、這うようにして、壇から降りて
「火が、みんな、左へ廻りましたの」
と、微笑した。
「吉相にござります。焔頂、左に破散して、悪声を発す。今夜の内に、成就致しましょうか」
「牧は、今夜あたり、お国の何《ど》の辺で、祈っておりましょうか」
侍は、壇の下から、護摩木を取り出して、積みながら
「烏帽子岳か――黒園山あたりで、ござりましょう」
侍は、兵道家牧仲太郎の高弟、与田兵助という人であった。
お由羅が、汗を拭いて、壇の下へ坐ると、兵助が、燃え尽そうとしている護摩木の中へ、新しい木を、一本一本、押頂いて、載せて行った。煙と、焔とが、又、勢いよく立ちかけた。
兵助は、気味の悪い、鈍い眼をした牛の頭を、両手で、静かに、火炉の中へ置いた。すぐ、毛の焼ける、たまらない臭が、部屋中へ充ちた。兵助は、口の中で、何か唱えながら、白檀と、蘇合香とを、牛頭の上から、撒きちら
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