水をそそいだ。煙は、濛々《もうもう》として、生物のように、天井へ突撃し、柱、襖を這い上って、渦巻きおろして来ると、炉の中の火が、燃え上って、部屋の中が、明るくなった。
お由羅は、暫く眼を閉じて、何か念じていたが
「南無、金剛忿怒尊、御尊体より、青光を発して、寛之助の命をちぢめ給え」
と、早口に、低く――だが、力強くいって
「相《そう》は?」
と、叫んだ。と同時に、侍が
「蛇頭形」
と、叫んだ。火炉の中の火焔は、蛇の頭の形をしていた。槍形、牙形というように、焔の形によって判断をするのが、調伏法の一つであった。
お由羅は、また、眼を閉じて、護摩木を投げ入れ、毒薬と、丁香とをそそぎかけて
「色は?」
と、叫んだ。
「黒赤色」
黒赤い、凄さを含んだ火焔が、ぱっと立っていた。
「声は?」
「悪声《あくじょう》」
それは、焔の音を判じるのであった。
煙と、異臭とが、部屋の中で、渦巻いた。お由羅は右手で、蛇の皮を、犬の胆を、人の骨を、炉の中へ投げ入れて、その度に
「相は?」
とか
「声は?」
とか――火焔の頂の破散で判じ、音で判じ、色で判じ、匂で判じて、調伏が成就するか、しな
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