は、嬉しさに、微笑していた。小太郎が
「それに、ちがいあるまい」
 と、低くいうと
「箱らしい」
 益満は、両手で土を掻いた。白い箱が、土まみれになって、だんだん形を現してきた。二人が、両手をかけてゆすぶると、箱は、すぐ軽くなった。一尺に五寸ぐらいの白木で、厳重に釘づけにされていた。
「開けて」
 と、小太郎が、益満を見ると
「開けんでも、わかっとる」
 益満は、土を払って、箱の上の文字を見た。梵字《ぼんじ》が書いてあって、二人にはわからなかったが、梵字だけで十分であった。

(余り、うまく行きすぎた)
 と、二人とも思っていた。門の外へ出るまで
(何か、不意に事が起りはしないだろうか)
 と、忍び込む前とちがった不安が、二人の襟を、何かが今にも引捕えはしないだろうかと、追っかけられているような気がした。門を出て、植村出羽の邸角まで来ると
「やれやれ」
 益満が、笑い声でいった。幸橋御門を出ると、もう、往来にうろついているのは、野犬と、夜泣きうどんと、火の用心とだけであった。それから、灯が街へさしているのは、安女買いに行った戻り客を待っている燗酒屋だけであった。
 小太郎は、袖に包んだ箱の中を想像しながら
(これで両親も、別れなくて済むし、自分の手柄は、父のためにも、自分のためにも――それよりも、斉彬公が、どんなに喜ばれるであろう)
 と、頭の中も、胸の中も、身体中が、明るくなって来た。
「小太、先へ戻って、早く喜ばすがよい。わしは、さっきのところへ寄って、刀を取って行くから――」
 小太郎が、答えない前に、益満は、駈け出していた。
「なるべく早く――」
 その後姿へ、小太郎が叫んだ。
「猫、鳶に、河童の屁、というやつだ」
 益満は、大きな声で、独り言をいいながら、富士春の表へ立つと、もう提灯は消えていた。だが、まだ眠っている時刻ではなかった。
「師匠」
 益満が、戸を叩いた途端、増上寺の鐘が鳴り出した。
「誰方《どなた》?」
「ま、だ」
「ま?」
「まの字に、ぬの字に、けの字だ」
 益満は、大きい声を出すと
「やな、益さん」
 小女が、戸を開けて
「お楽しみ」
 と、からかった。
「師匠の方は?」
 襖の内に、二三人、未だ宵の男が残っていた。
「首尾は如何?」
 一人が、声をかけた。半分開いた襖の中に、酒が、肴《さかな》が並んでいた。
「お帰んなさい。丁度よいとこ
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