、栄達を望まんが、そういう輩に十分の器量を見せてやりたい。器量を振ってみたい。それにはいい機《おり》だ。又とない機だ。この調伏――陰謀が、何の程度か判らぬが、小さければ、わしは、わしの手で大きくしてもよいと思うし、真実でなければ、わしが、真実にしてもよいとさえ思うている。小太」
 益満は、小太郎の顔を見た。
「うむ」
「何を考えている」
「わしは――」
 小太郎は、益満の眼を見ながら
「父は、例の気質じゃで、今度の、お守りのことで、母を離別するにきまっている」
「或いは――然らん」
 益満が、うなずいた。
「大分、こみ入ってますな」
 南玉が、後方から、声をかけて
「智慧がお入りなれば、上は天文二十八宿より、下は色事四十八手にいたるまで、いとも、丁寧親切に御指南を――」
「うるさいっ。貴様、先へ行って待っていろ」
 益満が、振返って叱った。
「承知」
 南玉が、手を上げて、小太郎へ挨拶して、足早に、行ってしまった。
「わしに、一策がある。母上が、戻られたなら、知らせてくれ」
「一策とは?」
 益満は、声を低くして、小太郎に、何か囁いた。小太郎は、幾度もうなずいた。
「これが外れても、未だ他の手段《てだて》がある。所詮は、八郎太が一手柄立てさえすればよいのではないか――こういう機――一手柄や、二手柄――」
 益満は、怒っているような口調であった。三田屋敷の門が見えた。

 八郎太は、自分の丹精した庭の牡丹を眺めながら、腕組をしていた。
「只今」
 と、小太郎がいっても、振向きもしなかった。それは、もう、寛之助の死を知り、心ならずも、妻を離別しなくてはならぬ人の悲しい態度であった。
 母としての七瀬は、三人の子にとって、父八郎太よりも、親しみが多かった。そして、英姫の侍女としての七瀬は、その儕輩《さいはい》よりも群を抜いていた。八郎太の妻としては、或いは過ぎたくらいの賢夫人であった。それだけに、今度のことの責任は重かった。それだけに、八郎太としては、容赦の無い処分を妻に加えて、自分の正しさを家中へ、示さなくてはならなかった。
「寛之助様のことは――」
「聞いた」
 八郎太は、なお、牡丹を見たままであった。
「母上のことにつきまして――」
「お前は、文武にいそしんでおればよい」
 父は振向いた。
「髪が乱れて――何かしたの?」
「掏摸を懲らしてやりました」
「下らぬ真似を
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