の頂上、四明ヶ岳へ出ることができた。
牧仲太郎は、その頂上で、斉彬の第四子盛之進を呪殺しようと――大阪からの警固の人数の上に、京都留守居役の手から十人、国許から守護して来た斎木、山内、貴島、合して二十四人が、夜の明けきらぬ白川口から、登って行った。
根本中堂で、島津家長久の大護摩を焚き、そして、自分等も、いささか心得ているから、四明ヶ岳で、兵法の修法をしたいから、余人を禁じてもらいたいといって、金を包むと、すぐ快諾して、僧侶が二人、見張役として、案内役として、ついて来てくれることになった。
熊笹の茂った、木の下道を行く時分から、袷では肌寒になって来た。頂上へ出ると、人々は、一望の下に指呼することのできる大津から比良へかけての波打際と、太湖の風景、西は、瀬田から、伏見、顧みると展開している京都の町々に、驚嘆したが、すぐ袖を掠《かす》める烈風に、顔をしかめて、寒がった。
牧は、其処、此処を歩き廻ってから、斎木と貴島とを呼んで
「縄を張ってくれ」
と、草の中へ線を引いて指図した。二人が用意の杭と、縄とを包から取出すと、他の人々が杭を四方へ打ち込み、縄を引いて、七間四方の区画を作った。牧は、その真中へ、自分で、杭を打ち、縄を三重に張って、三角の護摩壇を形造った。そして、中の草を焼き、塩を撒き、香を注いで、土を浄めてから、跪いて、諸天に祈った。斎木も、貴島も同じように祈ったが、他の人々は、何うしていいか判らないので、その祈りを眺めたり、景色を見廻したりして、寒さに震えていた。牧が、祈りを終って立上った。
「余人を、一人たりとも上げないように――人数を三段に配置して、二人は根本中堂の上に、四人は中堂と此処の途中に、その他の人は、此処にいて、万一のために、四方を戒めていてもらいたい。寒かろうが、酒は禁断」
牧の、いつも、人を圧倒するような気魄、それは、剣客が、剣をもって立つと、すぐ対手の感じる、人を圧迫するような気魄であるが――牧は、対座している間にでも、その眼から、その身体から、何か人を圧迫するものが放射されていた。
「誰々が下へ、誰々が上へ」
と、天童がいうと、
「よろしいように」
と、答えて、側《かたわら》の僧侶に
「水のあるところは――」
僧侶は、遥かの下の白い路を指さした。
「あの、こんもりと茂った木立の――」
「聞けば、判ろう」
こういい放った牧は
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