へ出た。八郎太は、歩きかけた小太郎に
「待て」
 と、声をかけた時、小太郎は、その侍の顔を見、次々の駕から出て来る侍を見て、急いで茶店の中へ入って、腰かけた。そして、二人は、街道を背にして、低い声で
「四ツ本の下の奴でないか」
「はい」
 二人は、五人の侍に見つからぬように、顔を隠して
「急ぐ模様だが――」
 と、云った時、一人の侍が、川の方を見て
「居る、あの二人が――相違ない」
 と、四人の者に、川を指さして振向いた。
「人足、急ぐぞっ」
 一人は、刀を押えて、磧《かわら》の方へ小走りに歩み出した。
「今|渉《わた》るところだ」
「川の中で追っつけよう」
 人々は、群集の中で、声高に、こう叫んだ。旅人達は、五人が、前の二人の連衆だと思っていたが、仙波父子は
「討手だ」
 と、信じた。
「小太、油断がならぬ」
 八郎太は、手早く編笠をきた。

 池上と、兵頭との輦台は、川の中央まで出ていた。二人とも、刀を輦台へ凭せかけて、腕組をしていた。
 川人足は、行きちがう朋輩に声をかけながら、臍の辺に、冷たい秋の川水の小波を、白く立てつつ、静かに、平に、歩いていた。
 人足の肩に跨がり、頭に縋りついている旅人達は、着物の水へ届きそうになるのを気づかいつつ、子供の時、父の肩車に乗って以来、何十年目かの肩車に、不安を感じていた。
 その穏かな川を渉る人々の中を、五台の輦台が、声をかけつつ、川水を乱し立てて、突進した。
「ほいっ、ほいっ」
 と、いう懸声の間々に
「頼むっ、頼むっ」
 と、肩車で渉って行く、渉って来る人足に、注意しながら、輦台は突進して行った。その上に乗っている人々は、刀を押えて、誰も皆、前方を睨みつけるように見て
「急げっ、急げっ」
 と――中の一人は、刀の鐺《こじり》で、そういいつつ、こつこつ、川人足の肩をたたいていた。
 仙波父子は、茶屋の横へ廻って、松の影の下の小高い草叢の中から、この七台の輦台を眺めている。
「五人では討てまい」
 八郎太が、呟いた。
「助けに参りましょうか」
「求めて対手にすべきではない。よし、二人が殺《や》られようと、大事の前の小事じゃ。わしが指図するまで、手出しはならぬ」
「益満は、何うしておりましょう」
「あれも、一代の才物じゃが、世上の物事は、そうそうあれの考え通りに行くものでもない。日取りからいえば、もう、追っつく時分じゃが、
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