首のあるのとが転がっていた。
 その周囲は、人がいっぱいで、口々に、話しながら、人の肩から覗き込んだり、血の淀んでいるところを探しては
「ここにもある」
 と、叫んでみたり――女達は、そうしたことに騒いでいる連れの男を、腹立たしそうに呼んで、眉をひそめたりしていた。
 一つの死体の胸には、小柄が突刺してあった。その小柄の下には、紙切が縫いつけられていて、それに
[#天から3字下げ]依御上意討取者也《ごじょういによりうちとるものなり》。薩藩士、一木又七郎
 と、書かれてあった。七瀬と綱手とが、駕かち降りて、人々へ
「心当りの者でござります。少し、拝見させて下さりませ」
 と、挨拶して、人垣を分けた。
「除けよ、この野郎。心当りのあるお嬢さんが御通行だ」
 と、一人は、綱手の顔を見て、連衆の耳を引張って、道をあけた。
「お嬢さん、首がござんせんぜ、判りますかい」
「黙って、臍《へそ》の上に、ほくろがあるんだ」
「おやっ、手前知ってるのか」
「毎朝、銭湯で逢わあ。臍ぼくろって、臍の上のほくろは、首を切られるか、切腹するかにきまったもんだ。ちゃんと、三世相《さんぜそう》に出てらあ」
 一人は、小声で
「どっちかの、御亭主だぜ。気の毒に」
「この間抜け、一人は生娘だ」
「生娘だって、亭主持があらあ――ほうら、娘の方が紙を引っ張った」
「読めるかしら」
「手前たあ、学文《がくもん》がちがわあ」
「何を、こきあがる。俺だって、ちゃんと読んでらあ。斬られた奴は、一木ぬ七って人だ」
 綱手と、七瀬とは、紙切を読んで、頷き合った。その時、人垣の外の人々が
「来た来た、又来た」
 と、どよめいた。二人は、立上って、人々の眺めている方を爪立ちして見てみた。五人の侍が、一人の手負らしい、のを、駕の中へ入れて、灰色の顔をしながら、急ぎ足に近づいて来た。
「あれは?」
「ええ、あの方は――」
 二人とも、名は知らないが、同藩中で、顔見知りの人が一人いた。七瀬がすぐ近づこうとした。綱手が
「お母様、もしものことが――」
「でも、気にかかるゆえ――真逆《まさか》、女を斬りもしまい」
 七瀬は、こういいすてて、小走りに駕の方へ行った。綱手は、懐剣の紐を解いて、すぐつづいた。群集が、ざわめいた。駕脇の一人が、一人の旅人に
「この辺に、二十七八の侍がおらなんだか」
 と、聞いた。七瀬が、歩きながら
「一木
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