「お身達、虎の威を借る狐とはちがう」
一木の顔色が動いた。
「奈良崎、君公の御裁許も仰がず、濫りに私党を組んで、無届出奔に及ぶ段、不届千万、上意によって討取る」
「そうか」
奈良崎が、足に敷いていた草履を蹴飛ばして、身構えすると同時に、草が動き、物音がして、人が、槍が、草叢の中から現れた。
「奈良崎、その外の浪人者も、手向い致すか」
七人は、槍と、刀とで、五人を取巻いた。
「たわけ――来い」
「芋侍なら不足はない」
五人は、刀を抜いて、背を合せた。
「そうか――是非も無い」
一木が、こういうと同時に、六人の侍は、じりじりと迫って来た。五人の駕屋は、立木の中へ入って、樹を掴みながら、ぼんやりと、だが、腋の下に、掌に、汗をかいて、眺めていた。もう、走ることも、動くことも、出来なくなっていた。
十二人は、無言で、お互の刀尖と、穂先とを近づけて行った。誰も皆、蒼白な顔をして、眼が、異常に光っていた。
一木は、右手に刀を提げて奈良崎の横へ廻って来た。奈良崎は、もう、額に微かに汗を滲ませていた。追手の内の二人は、肩で呼吸をしていた。
槍は中段に、刀は平正眼に、誰も皆同じ構えであった。お互に、最初の真剣勝負に対して、固くなっていた。懸声もなかった。刀尖が二尺程のところまで近づくと、お互に動きもしなかった。
一木は、両手で、刀を持つと、刀尖を地につけた。示現流の使手として、斬るか、斬られるか、一挙に、勝負を決しようとする手であった――果して
「やっ、やっ、やっ」
一木は、つづけざまに叫ぶと、刀尖で、地をたたきつけるように、斬り刻むように、両手で、烈しく振って
「ええいっ」
山の空気を引裂いて、忽ち大上段に、振りかざすと、身体ぐるみ、奈良崎へ、躍りかかった。
一木の攻撃は、獰猛の極であった。それは、躍りかかって来る手負獅子であった。後方へか、横へか――避けて、その勢いを挫く外に方法がなかった。
もし、受けたなら?――それは、刀を折られるか、受けきれずに、どっかを斬られるか、それだけであった。
だが、たった一つ、相打になる手はあった。一木の、決死の斬込みに対して、斬らしておいて、突くという手である。諸手突《もろてづき》に、一木の胸へ、こっちからも、必死の突撃を加えることである。
然し、それも、冒険だった。もし、一分、一秒、奈良崎の刀が、遅れたなら、自分
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