だ今のお侍衆へ、あの、お妹さんが、一寸お目にかかりたいと――」
「あれが、妹か」
そういった時、中の三人の侍も、深雪に気がついて、入口へ眼をやった。深雪は、それに気がついて、俯向いてしまった。
「不埓《ふらち》なっ」
その時、出し抜けに大声がして
「邸へ戻って、御差図を待て」
早口の、怒り声が聞えると、横目付四ツ本が、二三人の侍の中から姿を現した。そして、深雪を見た。そして、主人の出て来たのに周章てて立上った仲間と、二人の侍をつれて、深雪の叩頭に、軽く御辞儀と一瞥《いちべつ》を返しながら、群集の二つに開く中を出て行った。深雪は、暗い内部に動く人影があったので
(兄?)
と、思った時、小太郎が、蒼白めた頭に、怒った眼をして、暗い中から出て来た。深雪の顔と合った。二人はすぐお互に眼を外らした。
「探しにか」
「はい」
群集は、二人を見て、何か囁き合った。
「何うなされました」
「傘を貸せ、話は戻ってからだ」
小太郎がどんどん番所を出て行くので、深雪は、土間の隅に俯向いている庄吉に
「いろいろと、お世話でございました」
「何ね」
庄吉が、そう云って顔を上げた途端、妹の今の言葉に
(誰に、礼を云っているのかしら)
と、思って振返った小太郎の眼と、庄吉の眼とが、ぴったり合った。小太郎が鋭く
「深雪っ」
「只今」
深雪は、もう一度、庄吉に頭を下げて、群集の眼の中を出て行った。
「何んだ、庄公か」
小太郎の出て来たうしろから、証人に呼ばれて来ていた職人が出て来た。
「別嬪だなあ――庄、上々に行ったよ。お邸からすぐ、横目付が来てね。邸から、明日とも云わず、叩き出すって――俺《おいら》あ、胸がすっとしたよ」
「そうかい」
「こいつ、何をぼんやりと――庄公っ、あの女に惚れやがったな」
職人が、太い声をした。辻番人が
「いい女だなあ。屋敷者には、一寸、稀らしい玉だぜ」
「女郎に売ったら儲かるだろうな」
庄吉は、黙って、往来へ出た。群集は、どんどん散り始めて、番所近くの人々が、四五人しかいなかった。
(あの兄貴の野郎にゃあ、怨みがあるが、妹にゃあ、何んの怨みもねえのに、あの小太と一緒に、浪人になって――邸を追い出されて――待て待て、俺は一人だから、片手折られても、何うにでもなるが、あいつのところは大勢――大勢でなくったって、あの妹一人だったって、怨みもねえのに、こ
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