度と、その美しさとに気押されて、軽い口をききながらも、眼は伏せていた。富士春が
「庄さん、本当に知っているのかい」
「知っているとも――俺《おいら》、こんなお嬢さんに、嘘を吐くような悪じゃあねえ」
「そら、そうだけど」
深雪は、庄吉の、いうこと、することに、腑に落ちぬところはあったが、白昼、町の真中であったから、二人の相合傘を人に見られるほか、安心していてもいいと、考えていた。
「そのねっ」
庄吉は、格子戸を出ると
「ひょんなことがありましてね――」
庄吉は、泥溝板を、ことことさせながら、こう云ったまま、黙ってしまった。深雪は、自分から、口を利きたくなかったが
「ひょんなこととは?」
「それが、その――実、全くの、ひょんなことでね」
庄吉は、こう云ったまま、又、黙ってしまった。往来へ出ると、人々が、二人を振向いて眺めた。
「急ぎますから――」
「ええ、お嬢さんは、今、お邸からいらっしゃいましたか」
「はい」
「四国町の自身番に、人だかりがござんしたでしょう」
「はい」
「それなんで――お兄上様は、其処にいらっしゃいますが――」
深雪は、庄吉の顔を見た。胸が、ぎくりとした。
「自身番?」
「ええ、それがね」
「やってやがらあ」
「やいっ、庄公っ」
二人が通りかかった小藤次の家の中から、一人の職人が、怒鳴った。
「お話し申さんと、判りにくうござんすが」
薄暗い家の中から、小藤次が、じっと、深雪を眺めていた。そして
「庄公、一寸」
庄吉は、ちらと振向いて
「ええ、すぐ、後から――」
そして、深雪に
「今の、御存じですかい」
深雪は、家の中へ振返った。小藤次と、眼が合った。
「いいえ――彼処《あすこ》は、お由羅様の、御生家でござりましよう」
「ええ、今のが、兄貴の、岡田小藤次利武でさあ」
深雪は、もう一度、しっかりと顔を見ようかとも思ったが、汚らしいものを見るような気がした。
「話さんと判りませんが、あっしゃあ、実は掏摸でござんしてね」
「掏摸?」
「巾着切り、人様の――」
深雪は、傘と、身体を、庄吉から放した。庄吉は、周章てて、手を振りながら
「ここから、話さんと、よく判りゃせん。お嬢さん、掏摸は、悪者じゃあござんせんよ。小藤次なんかと一緒になすっちゃ――お兄さんとは、一方《ひとかた》ならん関係のある、あっしで、こと細かに、今、申し述べやすがね、
前へ
次へ
全520ページ中78ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング