りの秘法が行われている間じゅう、六つの翼を持った天使の形をした、薄くて幅の広い銀の扇で皇帝を煽ぐのであった。
理髪師はやっと右の頬を終って、左の方へ取り掛った。そしてアフロヂテの泡と呼ばれている、阿剌比亜《アラビヤ》の香水のはいった石鹸を丁寧に塗りながら、……皇帝の朝の化粧は終りに近づいた。彼は細い刷毛《はけ》を以て、金線細工の小箱から少しばかりの頬紅を取った。それは聖僧の遺骸を収める箱の雛形とも云うべき形をして、蓋には十字架がついていた。コンスタンチウスは信心が深くて、七宝の十字架や基督の頭文字《モノグラム》などが、あらゆる隅々の細々した道具についているのであった。彼の用いる紅は「プルプシマ」と云って紫貝を沸騰させて其の薔薇色の泡を精製した、一種特別の高価な品であった。……紫の間と呼ばれている部屋には、「ペンタビルギオン」という、上に塔の五つ並んでいる風変りの戸棚の中に、皇帝の衣裳が蔵《しま》ってあったが、此の部屋から宦官《かんがん》が皇帝の祭服を運んで来た。それは殆んど折ることの出来ない程ごわごわした、金や宝石で重い様な着物で、その上には羽の生えた獅子や蛇などが紫水晶で刺繍《ぬ》
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