―曰く、より「科学」の方向へ。
 第三に、然も、顧るに我国の文壇は、あまりにも狭苦しく、片寄っており、そして姑息《こそく》に沈滞していた。ために、小説の種類も亦、非常に少く、淋しかった。大衆文芸はこの単調を破って茫大な読者層に迎えられつつある。
 そして最後に、この科学の加速度的進歩と、思想的混乱――アメリカニズムとボルセヴィズムの無批判な吸収――のさ中にあって、今、将来の文芸こそが夫《それ》らを正しく認識し、指導し、方向を示すべく運命づけられているのをひしひしと感ずるのである。
 要は、より多種類の、より優れた文芸作品が創造されんことを、私は切望して止まないのである。



底本:「直木三十五作品集」文藝春秋
   1989(平成元)年2月15日第1刷発行
※「グリース家の惨劇」は「グリーン家の惨劇」、「エレスブルグ」は「エレンブルグ」、「The Island of Dr. Morean.(モリアン博士の島)」は「The Island of Dr. Moreau.(モロー博士の島)」と思われますが、本文の訂正は行ないませんでした。
※「三上於菟吉」と「三上於莵吉」の混在は底本通りです
前へ 次へ
全135ページ中134ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング