れが存在価値をもって来るのであるから。かの「赤い鳥」の鈴木三重吉君の童話が失敗したのも、以上の点に心得違いがあったからで、結果は大人の読むための童話――「少年、少女文学」というディレンマに墜ったのであった。
だから、「少年、少女小説」の文章に付いていえば、
一、理屈を抜くこと。
二、テンポを早くすること。
三、地の文の少いこと。
という、この三つの原則を遵守《じゅんしゅ》しなくてはいけない。「少年、少女小説」は絶対に少年、少女が読むために書かれねばならないのだ。
例えば、立志小説として「ジョン・ハリファックス・ゼントルマン」なぞは代表的なものであろう。
処が、ここに「家庭小説」とよばれる一つの文芸の一|範疇《はんちゅう》がある。然も「家庭小説」の意味は、我国と外国とは必ずしも同じではないのである。外国では、立派に「家庭小説」が存在する。「黒い馬」「家なき児」「クオレ」「三家庭」なぞは、この範疇に属するものである。
処が、我国では、新聞小説が「家庭小説」と呼ばれていた。新聞小説でさえあれば、たとえそれが恋愛小説であろうが何であろうが、「家庭小説」だと考えられて来た。だから
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