終りから二十世紀の初めで発達が止って了ったかの感がある。それ以後の人間生活は科学の発達による外面生活に引摺られていく有様である。我々の個人的な欲望、要求が如何に社会的、科学的外面生活に圧迫され、影響され来っているかは、諸君が一度諸君自身の生活を振りかえれば一目瞭然たるものがあるであろう。
 そうした意味で、個人的な、作家的な構想力のみにたよらず、広い世間から、読書から、史実から得た科学的智識の構想をかりて文学を創造することがなければ、将来の文芸は到底十九世紀末の文芸の塁を抜くこと、甚だ困難だろうと思われる。
 外国の現大衆小説に例を取って、考察を進めよう。例えば――
 コナン・ドイルの幾つかの探偵小説、幻奇小説「|失われた世界《ロスト・ワールド》」、「霧の国」なぞはドイルの深い科学的造詣からなった幻奇小説であり、有名なH・G・ウェルズが、小説家たる根底に、如何に科学者としての智識を誇っているかは、「タイム・マシーン」、「モリアン博士の島」、「月へ行った最初の人」のごときものから、「盲者の国」、「眠れるものの醒める時」、「見えざる王、神」のごとき社会批判の小説に到るまでの彼の作品が雄弁に彼の多智多能なるを物語っている。殊に、かの「文化史大系」に到っては、彼の広汎なる科学的智識をもってして甫《はじ》めて完成され得たものと云うべきである。おそらくは、今後大衆文芸の第一線に立つ人ではあるまいか。その他、ライダー・ハガード、ラインハルト、ウォルチイなぞの作品は、日本の大衆文芸作家の学ぶべき多くの点を備えているように考えられる。
 ハガードはすでに我国でも充分流布されているが、他の一人ウォルチイには、「紅※[#「くさかんむり/繁」の「毎」に代えて「誨のつくり」、第3水準1−91−43]※[#「くさかんむり/婁」、第3水準1−91−21]《べにはこべ》叢書」があり、ラインハルトには、「七つの星の街」、「螺旋《らせん》形の階段」なぞがある。これらの人たちは、種々な意味で最近の科学的智識を吸収しており、殊にハガードの如きは、空想的にしてなお且学術的智識の匂い高き、我が大衆文芸作家のもって参考とすべき作家である。
 現在、日本の探偵作家を顧みても、純粋の作家である以外に、医者、科学者が比較的多数含まれているのは、矢張りその方面の智識なくしては探偵小説が書き得ないからである。
 自分自身
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