れるさ。毒食や皿さ、それともまだ思出す時があるのかい」
「思出しやしないけど」
「じゃいいじゃ無いか」
 どうせ二人ともそう気の利いた会話などしっこない。こんな事を話して機《おり》をまつ。九郎右衛門衛の腹では、うまく行ったら金もさらってと――四月六日の夜、闇。袷《あわせ》一枚に刀一本、黒の風呂敷、紋も名も入ってないやつで頬冠り、跣足《はだし》のまま塀を乗越えて忍び込んだ。床下から勝手の揚板を上げて居間へ、廊下から障子へ穴をあけて窺うと行灯《あんどん》を枕元に眠入っているから、そろりそろり。畳を踏んで目を醒ましてはと、真向に振冠った刀、敷居の上から、一歩踏出すや打下す。傷は深くないが脳震盪《のうしんとう》を起すから双手を延してぶるぶると震わしたまま、頭を枕から外して、ぐったりと横へ倒れた。暫く様子を窺ってから、近寄ってみるとこと切れているらしい。違棚《ちがいだな》の上の手箱を開けて、探すと金がない。斬るのはうまく行ったが、斬ったらあの手箱からと考えていたのが外れたから、彼処《かしこ》か此処《ここ》かと探すが、こうなると気がせく。薄気味も悪い。小箪笥《こだんす》、と手をかけてぐっと引く。軽
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