違ない」と云ったのと、奉行が「どうじゃ、その方にも」と云ったのとは、間髪を容れない呼吸で畳み込まれた。それに応じて明快に、
「いいえ決して」
とは中々云えない。誰でも「はッ」と出てしまう。その隙に又追かけて、
「縄打て」
あざやかな手口、原町へ置いておくには惜しい役人と思ったが、敵討願と云うので、丁度来合せていた領主相馬弾正の御目附、石川甚太夫が自身で調べたのだ。
五
翌日、清十郎と九郎右衛門との古主、久留島家へ飛脚が立つ、返書に「相違なし、よろしく」とあるから、公儀御届帳の記載有無を江戸へ調べの使を出す。ちゃんと届出《とどけいで》になっているから、宝暦十二年五月二十四日宇田郡中村原町の広場に十間に二十間という杭を打った縄を張った。芝居講談だと悉《ことごと》く竹矢来を結び廻すが、あれは犯罪人の不穏な連中に対して万一の事を思ったからで、敵討の方は大抵「行馬《こうば》を廻す」と云って杭を打った。
早朝から一杯の人出、それを五十人の足軽が出て、六尺棒で、
「引っ込め、静かに」
と、整理する。時刻がくると小目付が侍頭《さむらいがしら》と共に仮小屋の検分所へ入ってくる。席を設けておくとやがて目付、富田与左衛門、岡庄右衛門、石川甚太夫、徒目付、市川新介、山田市郎右衛門、侍頭高木源右衛門、足立兵左衛門が、討手、仇人《かたき》を中に、馬上と徒歩で入ってくる。
足軽が検使のある左右へ手桶に水を入れて置く。侍頭太鼓を脇にして撥をもっている。
「佐々木清十郎、これへ」
小目付の声に左右から出る。
「鎖帷子《くさりかたびら》の類は着用致しおらぬな」
「致しておりませぬ」
「心静かに勝負なされい」
「有難う存じ奉ります」
中川十内、同じこと、
「佐々木九郎右衛門、出ませい」
右手から、
「衣類下を改めい」
足軽、九郎右衛門の衣類の上から撫でてみて、
「着用致しておりませぬ」
「よし、卑怯な振舞致すまいぞ」
「有難く存じます」
「盃」
一人の足軽が白木の三宝に土器《かわらけ》をのせて中央へ持って出る。後のが手桶を提げて行って、
「盃をなされ」
足軽の出す土器を受けて九郎右衛門が一口、受取って足軽が十内に指す、十内弥五郎に指して弥五郎から清十郎へ廻ったのを、口をつけて、
「いざ」
と叫ぶ。発止と地になげつけて砕く。と、どーん、どーんと合図の太鼓、足軽が三宝を下げるとき、四人は刀を抜いて、
「さあ」
足軽は左右に二人ずつ、六尺棒をもって、警《いまし》めている。真岡木綿の紋付に裁付袴《たつつけばかま》。足軽でも上等の方だ。
六
無言で四人が睨合っている。三人と一人との勝負には、余程段ちがいで無いと、一人の方から斬かけない。三人の一人が斬込む。外して外の一人へ斬込んで敵の陣をくずす、これが普通とされている。清十郎も九郎右衛門も普通の腕だから、まず十内が、
「やあ」
と小手へ入れてくる。真剣勝負の小手なんかは利目の薄い物だが、助勢で敵を計るときにはこの辺へ一寸《ちょっと》手を出してみる。払って、斬込む、退く。横から清十郎が討込もうとする隙に、九郎右衛門ぴたりと構を立直して、
「やあ」
と、喜遊次中々の腕前、半時間位経ったが勝負がつかぬ。朝とは云え五月末の太陽、八時になると相当に暑い、四人ながら汗に浸《し》んでいる。どーん、と太鼓の音、
「休憩」
と足軽が叫んで、四人の間へ六尺棒を入れる。十内思わず、汗を横なでして、
「有難う」
と礼を云う。足軽付添って右左へ別れて、控所へ、汗を拭い、水を飲んで、刀を試《しら》べる。
「もう一息という所で、踏込方が足りませぬな。四度目の斬込みなど確かに一本きまった所、ほんの一寸で外《そ》れましたが、踏込んで御覧なさい」
身分は低いが武芸自慢の足軽、中々批評を試みる。
「左様、つい気怯《きおく》れ申して見物が多いと固く取っていけませぬ」
「いや、見物があるので固くとらるる位なら見上げたもので御座る」
足軽大いに上げたり下げたりしている。
「如何、始めてよろしゅう御座るか」
と、小目付が聞きにくる。
「これは御丁寧なる。何卒《どうぞ》御打ち下されい」
どーん、どーん。見物、欠伸《あくび》していたが、そろそろ起直ってくる。
「いざ」
と引く六尺棒、又勝負したが、どうにかこうにか討取る。どっと鬨《とき》の声が上る。
「御目出度う御座る」
という足軽の言葉をあとに、検使に礼を述べる。
「首級《くび》を持参の儀苦しゅうない」
講談だとすぐ竹矢来を結んで敵討をするが、本当の話となるとそんな事をして仇討したのは極く稀である。俗書に伝えられているのはこれと「宮城野信夫の仇討」位のもので、行馬《こうば》の中での晴の勝負など滅多と無かった。一例として挙げておく。
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