分の邸で斬合のあった時
「敵《かたき》っ。」
というような言葉を夢中で聞いたが――
「それで万事判った。」
だが、もう敵で無いにしても、人一人殺している以上、矢張り日蔭者である。
「お俊さんは私が敵で無い事を信じていなさるか?」
「はい。」
左門へ嫁ぐ前、可成り親しかったお俊と甚七は、二人とも御互によく心を知合っていた。そして、嫁ぐ話のきまった時
「それでは、一生嫁をもちますまい。」
と、戯談《じょうだん》半分に云っていたが、口へ出さないがお俊も、甚七を惜しくなくはなかったのである。
「明日は、弟達が参りますから、一時この場を――」
「然し、士《さむらい》として、この事情が判った上――」
「私の頼みを聞いて下さい――それは、本当の敵を探して下さること。」
こう云って金包を出した。
[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]
来馬は町人になって彦根へ入った。初めての変装に気がひけながら、馴染の料理屋ののれんをくゞった。そして
「お新は。」
と聞くと
「貴下に見せるものがあると云って狂人のように金の工面をし、こゝの借金を返したのが十日ばかり前、江戸へ行くと云って出ましたよ。」
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