さにゃならん。だからわしは行く先々で話の種になるような事を仕出来《しでか》したのじゃ。大したこともせなんだが――壁を汚したり、密柑をひっくりかえしたり、窓をこわしたりしましたじゃ。だが大切な十字架はおかげで無事。もうウェストミンスターに着いた頃だて。わしは君が、馬鹿なことをやめたがいいと思いますぞ」
「え、何だって」フランボーが聞き返した。
「聞えなくて幸いじゃ。馬鹿なことじゃ。どうせ君はホイスラアになるには少しお人好し過ぎるんじゃ。わしは、現物を握っていてさえが、悪心を起しはせんて、わしはしっかりしてるんじゃ」
「一たい何の事を言ってるんだ」
「よろしい。わしは君が『現物』ということを知っているかと思いおった」師父ブラウンは、気持よげに驚いて言った。「おお、貴公はまだそんなに深みにおちてはおらん!」
「一体全体、お前は何んだってそんな色んなことを知ってるんだ?」フランボーは叫んだ。
「たしかに、わしが僧侶だからだ。わしのような人間の本当の罪悪を聞きとることより外に能のないものでも、またそれだけに人間の悪事については全く気づかず居られようはずがないのじゃ。貴公にはそれが気づかれなんだか? しかし、わしはわしのもう一つの商売のもう一つの側からでも貴公が僧侶でないことがたしかめられたのじゃ」
「それは何だ?」盗賊は開いた口がふさがらぬというように、たずねた。
「貴公は理性を攻撃したでな」師父ブラウンは言った。「それは悪い神学じゃ」
師父ブラウンが持物を集めるために傍らをむいた時に、三人の警官は薄暗《うすやみ》の木蔭から跳《おど》り出た。フランボーは芸術家であり、またスポーツマンであった。彼は跳び退いてヴァランタンに叮嚀《ていねい》にお辞儀をした。
「友よ、私にお辞儀したもうな」ヴァランタンの声は銀鈴《ぎんれい》の如く澄み渡っていた。「さあ、われわれの先生に御挨拶申し上げよう」
かくて二人はしばらくは帽子をとって立っていた。一方小さなエセックスの僧侶は、彼の洋傘《こうもり》をもとめて、眼をしばたたいていた。
底本:「世界探偵小説全集 第九卷 ブラウン奇譚」平凡社
1930(昭和5)年3月10日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「有難う
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