の許に送ってくれたことだろうて」それから彼は、むしろ悲しげな口調でつけ加えた。「この手もハートルプールにいた時に、あの可哀そうな連中から覚えたのだ。その男は、停車場で手提袋を、その手でやったものだったが、今はある修道院にはいっとるとか。えらいことを知っとるものだて。なあどうじゃな」それから、彼は頭をかきながら本気になって言訳するようにつけ加えた。「わしらはどうも坊主がやめられんて。皆がやって来ては、こんな話をしてくれるでな」
 フランボーは内ポケットから茶色の包みをとり出して、バリバリと破いた。中には紙と鉛の棒との外には何も這入っていなかった。彼は巨人のような身振りで立ち上った。そして叫んだのだった。
「俺はお前のいう事が信じられねえ。お前のような田舎者に、そんな真似が出来てたまるけえ。お前は肌につけてるに違えねえ。そっくりこっちに渡さなきゃ――あたりに人っ子一人も居ねえ、力ずくでも取ってみせるぞ!」
「いや」と師父ブラウンは無雑作に言うと、彼もまた立ち上った。「力ずくでも取れますまいぞ。第一に本当にわしは持っておらん。それから、わしらだけじゃあない。他にも人が居るんじゃからな」
 フランボーは一歩踏み出して立ち止った。
「あの樹のかげにじゃ」指さしながら師父ブラウンは言った。「しかも二人の強い警官と、この世の中で第一の探偵じゃ。どうして来たと貴公はたずねなさるのか? なに、わしが連れて来たんじゃよ。もちろん! どうしてわしがそんなことをしおったかと言うのか? よろしいすっかり聞かせて進ぜよう。わしとてはじめは貴公の素性は判りはせん。同じ僧侶仲間に盗賊の汚名を着せてよいものか。わしはそこで貴公をためしたのじゃ。誰だって、コーヒーの塩を入れれば変な顔をするじゃろう。もしせんなら、その人は何か静かにしておるわけがあるんじゃ。もし勘定書が三倍も高けりゃ、誰しも文句を言うものじゃ。それをだまって払うからには、何かわけがありそうだ。わしが勘定書を変えたのを、貴公が払ったのじゃ」
 世界はフランボーが猛虎の如く躍りかかるのを待っているように見えた。しかし彼は咒文《じゅもん》でもかけられたように、たじろいていた。彼は極度の好奇心に呆然としていたのだ。
「さて」と師父ブラウンは重々しい口ぶりで、しかも淀みなく言葉をつづけた。「君は警官に手懸りを残さんようにしたのじゃ。そこで誰かが残
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