て行った。ヴァランタンが二つの黒い姿を、顕微鏡で拡《ひろが》したかのように近よって大きく見出した時に、彼は思いがけないものを発見して、思わずもギョッとした。大坊主の方が誰であったにしても、小さい方はたしかにその正体に間違いはなかった。それはハーウィッチからの上り列車に乗り合わせたエセックスから出て来た田舎僧侶だった。そいつには彼が茶色の包について警戒してやったではないか。
さて、これでやっとすべてがはっきりとまとまりが付いて来た。ヴァランタンはその朝、エセックス州の僧侶、師父《しふ》ブラウンというのが大会に出席して外国の僧侶に見せるために青玉《サファイヤ》の這入った銀の十字架を持って出たということ、その十字架は非常に高価な品であるということを調べておいた。それがすなわち「青い宝玉入りの純銀製の品物」なのに違いない。師父ブラウンと言うのは、たしかに、あの汽車中の無邪気な男にちがいない。ヴァランタンに探知出来る事なら、フランボーも既に知ったはずだ。フランボーはどんな事でもかぎ出す男なのだから。そしてまた、フランボーが青玉《サファイヤ》入の十字架の話をきいて、それを盗み出すことを計画するのも不思議ではない。いや、それどころかフランボーが、あの洋傘《こうもり》と紙包を持った、間抜面をした僧侶に、まとわりついて行こうとするのは実に明かなことだ。あの僧侶は誰の思いのままにもなりそうに見えるのだから。おそらく北極星のところまでも引張って行《ゆ》かれるだろう。それにフランボーは名うての名優だ。僧侶に変装して、彼をハムステッド公園に引っ張り出すぐらいお茶の子サイサイだ。犯罪のすじ道は既にはっきりしている。それに探偵にとってはあの僧侶も憐れまれてならない。彼はフランボーを面憎く思った。しかし、またヴァランタンは、彼をこの成功にまで導いて来た、今までの出来事を綜合してみると、何が何だか解らなくなって来た。一たいエセックス上りの僧侶から十字架を盗むということと、料理店の壁にスープをぶっかけることと、どういう関係があるのか? 栗を密柑と呼ぶことにどういう関係があるのか? それからまた、先に金を払っておいて、窓を破《こわ》すことに何の関係があるのか? 彼は追跡の功を奏し、そのどんづまりまで来た。しかも、いずれにもせよ遂にまた迷路の端に踏み込んでしまった。今までにもし失敗したとしたら(そんなこ
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