と一|志《シリング》のお金を置いておかえりになったのです。すると私が見落していたのでしょうか、あとからその方の言った通り、茶色の紙包が出て来ましたので、すぐ小包にして送っておきました。けれど、その番地は忘れてしまいました。何でもウェストミンスター区のどこかでした。おぼろにしか覚えておりませんが。でも何だか大切そうなものだったので、それでお役人がお見えになったのだろうと存じましたわ」
「そうです。それで来たのです」とヴァランタンは簡単に答えた。「ハンプステッド公園は近くですか?」
「十五分も真直に行《ゆ》けば」と女は言った。「直《じき》にその広場に出ますわ」
ヴァランタンはその店を飛び出して走り出した。警官達もやむなくそのあとに従った。
町筋は両側がせばまって家々の影が立ちこめていた。それで彼等が町を出外れて、空っぽな公有地に出た時には、夕映がまだ金色《こんじき》に照って明るく晴れ渡っているのに目を瞠ったのだった。太陽は黒ずんだ樹木や暗菫色《あんきんしょく》の遠影のあなたに沈みかかっていた。燃えるような緑色はもうすっかり濃くそまってその間に一つ二つ輝く星がちりばめられていた。昼間からとりのこされた万象は、夕映の化粧として、この広場の涯《はて》まで、それから「健康の谷」と呼ばれている、ハムステッド公園の端まで、金色《こんじき》に満たされていた。この辺をぶらつく休日の散策者の影もまだすっかり消えてはいなかった。まるで一対のように離れない姿が、あちらこちらのベンチにいぎたなく横わっていた。遠くのブランコに乗った少女の叫び声も時々は聞えて来た。天の栄光は人間の暗い厳粛な野生の姿を深めていた。そして、ヴァランタンはと言えば、彼のもとめるものをさがしつつ、傾斜地《スロープ》に立って谷の向うをながめていた。
向うの遠い彼方に、幾組もの人々が、次第に散って行く中《うち》に、特に黒くくっきりと見える姿があった――二人の僧侶風な装いをした男だった。それは虫けらのように小さく見えるけれども、ヴァランタンの眼には、その中の一人が他の一人よりも更に小さいのが、はっきりとわかった。大きい方の男は背を屈《ま》げて、別に目立つふるまいもしていなかったが、ヴァランタンには、その男が六|呎《フィート》はたっぷりあることがわかった。彼は歯を喰いしばって、ステッキを性急《せっかち》にふりながら、近づい
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