そして、頤を撫でて
(こうしておけば、十日、二十日、牢屋におっても、むさくるしい顔には成らん)
 と、考えながら、客間へ立って行った。
 客は、黒縮緬の羽織に、亀甲織の袴をつけた、若い侍であった。挨拶を済ますと
「入門を、お許し下されましょうか」
 と、いった。大作は
(奉行の手の者では無い。それにしても、物好きな――)
 と、感じると同時に
「相馬大作は何者で、何をした男か、御存じの上か?」
「心得ております」
「咎めを受けることがあるかもしれぬが、御承知か?」
「義を、道を学ぶ者として、俗吏の咎め位を恐れて、何と致しましょう」
 若者は、その当世風の着物に似ず、しっかりした口調でいった。大作は、微笑して頷いた。そして
(世間は広い。こんな若さで、こんなことをいえる侍も居る。矢張り、道は、同志のあるものだ)
 と、感じた。そして
「門人連名帳へ署名血判なされ」
 というと同時に、若者は
「御免」
 と、いって、脇差から、小柄を抜いて、左の親指へ当てた。

    二十七

 病気と称して、引籠ってしまった右源太は、生薬《きぐすり》屋から買ってきたいい加減の煎じ薬を、枕元に置いて
(さ
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