て、相馬大作の再現は、江戸中へ、拡がった。

    二十六

 大作は縁側へ出、庭に向って、毛抜きで、頤髭《あごひげ》を抜いていた。
(何時捕えられるかもしれぬ――いつ、捕えられてもいい)
 邸の外では、群衆が、大作に聞える位の大きい声で、口々にその素晴らしい、英雄的行為を称《ほ》めていた。大作は、眼を険しくして、眉をひそめて
(町人共は、わしを称めている。然し、あいつらに、わしの行いは判るであろうが、わしの志は判るまい――だが、それは無理も無いことだ。町人までが、わしの志の判る世の中なら、それは堯舜《ぎょうしゅん》のような時代だ、老中、重役共でさえ、大義が何んであるかを知らない時世だ。こういう世の中において、義を述べんとする者は、死を以《もっ》てなすより外にない)
 大作は、褌《したおび》を新らしくし、下着を取替えて、いつでも、召捕られる用意をしていた。
「入門者が、参りました」
 と、新らしく召抱えた田舎出の老人が、いってきた。
「入門者?」
「はい、若い、御大身らしい方で、御座りますが」
「客間へ通しておけ」
 大作は、そういって
(奉行所からの廻し者であろう)
 と、思った。
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