た上に、今度の加増で、反感と、嫉妬とをもっていた人々は、右源太に、こういわれて、じっと、横から、その顔を睨みつけていた。白々とした空気が、部屋一杯になってしまった。

    二十五

「何うでえ、野郎。日本中の胆っ玉を、一人で買集めたってんだ。ええ、何うでえ」
 と、職人は、大声を出していた。新らしい槻の板に
「実用流軍学兵法指南 相馬大作将実」
 と、書いたのが、門にかかっていた。黒塗の門で、石畳が七八間も、玄関までつづいていて、その左側に、道場があるらしく、武者窓が切ってあった。
 看板の前に、大勢の町内の人が集って、口々に、話合っている。そして、侍が近づいて覗き込むと
「どうでえ。これがほんとうの勇士ってんだの、百万の敵中へ、たんだ一騎、やあやあ近くば耳にも聞け、遠くば鼻で嗅いでみよ――」
「ほほう、大胆な仁だのう」
 侍が、呟くと
「一番手合せなすったら?」
「立合せか、花かるたなら致そうが――」
「こいつは話せる、旦那」
 と、いっている間に、薄色の羽織、小粗い仙台|平《ひら》の袴の侍は、去ってしまった。
「ああいう侍ばっかりの中へ、何うでえ、町内の誉だぜ。又来た、来た」

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