に、法を曲げて直を直とせん世ならば、人生生きていて何の甲斐がある。上下、人民までが、奢侈《しゃし》にのみ走り、遊惰に傾き、大義大道を忘れている世に、碌々《ろくろく》、生を貪っていて、何んの五十年ぞ。その時には、奉行の前で、いささか、心中の気を吐いて、倒れるだけじゃ。丈夫の事を為す。必ずしも事の成否を問わん。ただ、心の命ずるがままに行って、倒れて後やむ。わしは、江戸へ戻るぞ。そして兵学の道場を開いて、天下に向うのだ。廃《すた》れたる世なりと雖《いえど》も、一人や、二人の義人はあろう。それでいい、一人もいなくとも、平山先生が在《おわ》そう」
「私もいささか――」
「お身も時世に逆っているが、誠心は、いつの世にか知己のあるものじゃ。明日、早朝、江戸へ立とう」
 大作は、薄暗い燭台の灯を、半顔に受けて、じっと、天井を睨んでいた。
「越中守を討取っても、改易にならんのか」
「檜山横領を、黙認する位、当然で御座りますな」
「この噂が、世上へ拡まった時、人民は、何う思うか? 私欲のために、天下の法を曲げて徳川の代も末遠くないぞ。良輔」
「はい」
「臥《ね》るがよい」
 大作は、腕組したまま、いつもの
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