情していても、人の心は計られんのに――そして、その大作が、村の人へ、よせよせ、生殺は天にある、越中守のように厳重警固していても、討たれる時には討たれる、こうしても、討てん時には、討てん、のう、そこのお役人、と笑った時には、腹の底から、冷たいものが湧いてきたが――俺は、ほうほうの体《てい》で、宿を出たが――俺には、到底、あいつは討てぬ、といって、このまま、のめのめと江戸へは立戻れぬ。江戸では、越中守を討ったから、また、大評判であろうが、その中へ、戻ることは、俺が恥を掻きに戻るようなものだ。
 右源太は、行手からくる旅人の足、追抜いて行く馬の脚を、夢のように感じながら
(所で、旅銀だ)
 と、腹巻の上から、手を当ててみた。
(未だ、大丈夫らしいが、然し、十分ともいえぬ。こいつが無くなっても、大作が討取れなかったら?)
 右源太は、この辺から奥へ行くと、だんだん大作への人気が高くなって行くのを知っていたが、江戸へ戻ることは、流石《さすが》に出来なかった。
(とにかく、一服して、腹ごしらえをしてからだ)
 編笠から眺めると、土堤沿いの、大きい木蔭に、簾《すだれ》を立てて茶店があった。樹の背後の
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